アパレル 興亡。 『アパレル興亡』(黒木亮)の感想(8レビュー)

アパレル興亡

小説の限界。 だが、村上ファンドの村上世彰氏、イトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊氏(セブン&アイ・ホールディングス名誉会長)などは実名で出てくるし、レナウン、オンワード樫山、三陽商会、ワールド、三越、伊勢丹、東レ、帝人、ユニクロ、ZOZOなどの企業群も実名で登場して生々しいビジネスのやりとりが繰り広げられる。 エコノミストの浜矩子氏が文藝春秋に「ユニクロ栄えて国滅ぶ」という論文を発表したのは2009年だった。 デザインの華やかさは今一つだったが、しっかりした縫製など、ものづくりの技術に定評があった。 西洋化の波のおかげで、作れば売れたからだ。 この借りはきっと返す。

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アパレル興亡 / 黒木 亮【著】

約30年間も社長を務めた高野氏は2009年に死去しているが、02年に村上ファンドとの委任状争いで日本中の注目を集めたのを覚えている人もいるだろう。 本作の舞台は、某大手婦人服メーカー。 大手アパレルにとって代わったのが、ユニクロ、しまむら、青山商事といった「カテゴリーキラー」だ。 )定価の8割引きくらいで売られてたりするんですね。 早稲田大学法学部卒、カイロ・アメリカン大学大学院修士(中東研究科)。 未だにそれを懐かしむ「中の」エラい人たち。 群像劇に近いと個人的には思っている。

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ファッション業界の栄枯盛衰のドラマ 黒木亮「アパレル興亡」

黒木亮『アパレル興亡』(岩波書店) 彼らが頼っていた百貨店も、カテゴリーキラー、ネット通販、ショッピング・モールなどの登場で、単独で生き残ることが難しくなり、2003年にそごうと西武百貨店が統合し、ミレニアムリテイリングが発足したのを皮切りに、続々と経営統合に走ったが、いまだに業績改善の兆しは見えない。 各社がどこに商品を置くかは、百貨店の売り場責任者が事前に決めているが、模様替えが始まると、ハンガーラック(支柱に20〜30のハンガーがぶら下がった陳列用具)を肩に担いだ各社の営業マンたちが一斉に平場に突入し、怒声が飛び交う中、少しでも広く、少しでもエレベーターに近い場所を獲ろうと血眼の争いを繰り広げたという。 人々の洋装化が急速に進んだのは高度成長時代(一般に1954年~73年)である。 そして高野氏の死後の2011年に同じく大手アパレル企業のサンエー・インターナショナル(作中ではKANSAIクリエーション)と経営統合する。 2000年前後から携帯電話やインターネットが普及すると、その流れに拍車がかかり、日本人のライフスタイル自体が大きく変化した。 あまりの激動のドラマに筆者は唖然とし、今般上梓した『アパレル興亡』(岩波書店)の執筆を思い立った。 (2020年06月28日 17時29分現在) 通常、ご注文翌日~3日後に出荷されます。

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『アパレル興亡』(黒木亮)の感想(8レビュー)

」 「うえーっ……!」 営業マンたちから悲鳴や呻(うめ)き声が上がった。 「常に売れるのが当然という基準」からどうしても抜け出せず機能不全に陥ったいわゆる大手アパレル、百貨店小売業界。 とはいえ、そこを理解した上で読めば、まったく何の問題もない。 大学卒業後、出版社勤務を経て、98年に業界紙の日本繊維新聞社に入社。 2009年2月にINFASパブリケーションズに入社。

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『アパレル興亡』(黒木亮)の感想(8レビュー)

この物語と現実を重ねると、ファッション業界の「諸行無常」を感じずにはいられない。 東京スタイルの創業者、住本保吉氏(画像=国米家已三『誠実 住本保吉六十五年の軌跡』(住本育英会)より) 日本で本格的な洋装化が始まったのは戦後である。 大学時代は箱根駅伝に2回出場し、20kmで道路北海道記録を塗り替えた。 そんな同社が、2002年、突如世間の注目を集めた。 営業マンは全員黒か紺の地味なスーツにネクタイ着用、仕事中の私語は一切禁止、終電間際まで連日の残業、上司が部下にびんたを食らわすのは当たり前という世界だった。 主な作品に『巨大投資銀行』、『法服の王国』、『国家とハイエナ』など。

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「百貨店アパレル」の代表だった東京スタイル 商品より営業重視で消滅か

既成服業者は、別の衣料品を「つぶして」製品を作っていたので「つぶし屋」という蔑称で呼ばれた。 村上ファンドが株を買い占め、高配当や役員の派遣を求めからだ。 ドラマティックなフィクションでありながら、日本経済の今を、そして未来を考える際の必読書となることでしょう。 小説の主な舞台となる「オリエント・レディ」は複数の企業のエピソードから作り上げた架空の会社だと思われるが、実在の人物や、村上世彰氏がプロキシーファイトをめぐってイトーヨーカドーの伊藤雅俊氏を怒らせた一件など有名な事件も随所に登場し、高度成長期から現在までのアパレル業界史として興味深い。 ジャンルでさがす• バイヤーは激怒し、その営業マンを殴る代わりに、そばにいた自分の部下のアシスタント・バイヤーを思い切り蹴り飛ばしたという(さすがに他社の人間には手を出せないと思ったようだ)。

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東京スタイルとサンエーインターナショナル(「アパレル興亡」解説)

あまりの激動のドラマに筆者は唖然とし、今般上梓した『』(岩波書店)の執筆を思い立った。 当時のサンエーインターナショナルの経営者は三宅克彦氏と三宅正彦氏の老兄弟で、この辺りも男女の違いはあるが、実態を踏襲しているといえる。 電子洋書• 田谷は自転車の荷台にたくさんの商品を積み、東京中の小売店に営業をかける。 和雑誌• 主人公のモデルは名門婦人服メーカーとして知られた東京スタイルの中興の祖・高野義雄氏。 日本では珍しいプロキシー・ファイト(委任状争奪戦)に突入し、「会社は誰のものか」という根本的な問いかけとともに、日本中を巻き込む大騒動に発展した。 この時流を上手くとらえたのが、ユニクロやしまむらだ。

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